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第一章 過去と現在が交差する10

last update Last Updated: 2025-01-09 16:26:23

「え? ファンなのか?」

「違います」

「大丈夫だから。俺が上手くやるから。初瀬は隣で笑顔を作っていればいい。そして、学ぶ。いいか? これは成長するチャンスだ」

顔を覗きこんでくる杉野マネージャーと至近距離で目が合う。

そしてにっこりと笑ってきた。

「案外、可愛いな。お前」

「え?」

「メイクはバッチリなのにピュアっていうか。まぁ不安がるなって。相手は芸能人だけど同じ人間だからさ」

仕事だということをすっかり忘れていた。しっかりしなきゃ。広報に来てまだまだ未経験の私は断るなんてことはできないのだ。

「俺が丁寧に教えるから安心してついて来い」

「は、はい」

杉野マネージャーがもう一度『開』ボタンを押すと、エレベーターの扉が開いた。促されて中に乗った。彼は振り返り私に微笑みかけてくれる。

「テレビを見てくれる人が印象に残るようなコマーシャルができるといいな」

「そうですね」

「気合を入れて頑張るぞ」

グイグイ引っ張ってくれるタイプで頼りになる。今の私は仕事に生きるしかないのだ。いきなりすごい展開になってしまったけれど気を引き締めて前進していこうと決意をした。

 *

それからというもの目まぐるしい日々だった。

撮影を行っている会社へ依頼をかけて、スケジュール調整を重ねてバタバタと一日が過ぎていく。

仕事が定時の六時で終わることなんてほとんどない。

隣の席の千奈津も忙しそうにしている。

「完熟バナナのコマーシャルを作るんだけど、アイディアが浮かばない!」

んーっと唸って、頭を抱え込んでいる。

そんな私と千奈津に杉野マネージャーが缶コーヒーの差し入れをしてくれた。

「糖分補給しろー。いいアイディアが浮かぶぞ。来週の会議までに案を搾り出せよ」

「はーい」

辛そうに返事をしている千奈津。

杉野マネージャーって優しい。厳しい部分もあるけど、上司として尊敬できる。私もいずれまた役職が上がる日が来るかもしれない。その時は部下に頼りにしてもらえるような上司になりたいと新たな夢を持つようになった。

杉野マネージャーは席に戻る。私も視線をパソコンの液晶に戻した。

仕事は大変なのは当たり前だ。あるだけありがたい。

恋人はいないけれど充実した社会人生活を過ごせているし、このまま、平和であればいいと願う。

大くんに会ってしまったら、人生が狂ってしまうのではないか? い
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  • 秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない   ―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』80

    タクシーで向かうことになったが、堂々と二人で行くことが出来ないので別々に行く。大スターであることを忘れそうになるが、こういう時は痛感する。二人で堂々と出掛けられないのだ。……切ないな……。美羽さんは大樹さんと結婚するまでどうしていたのだろう。途中で手ぶらなのは申し訳ないと思いタクシーを降りた。デパートでお菓子を買うと、すぐに違うタクシーを拾って向かった。教えられた住所にあったのは、大きくて立派なマンションだった。おそるおそるチャイムを押す。『はい。あ、久実ちゃん。どーぞ』美羽さんの声が聞こえるとオートロックが開いた。どのエレベーターで行けばいいか、入口の地図を確認する。最上階に住んでいる大樹さん夫妻。さすがだなーと感心してしまう。エレベーターは上がっていくのがとても早かった。降りるとすぐにドアがあって、開けて待っていたのは美羽さんだった。「いらっしゃい」微笑まれると、つられて笑ってしまう。「突然、お邪魔してすみません。これ……つまらないものですが」「気を使わないで。さぁどうぞ」中に入ると広いリビングが目に入った。窓が大きくて太陽の日差しが注がれている。赤坂さんはソファーに座っていて、大樹さんは私に気がつくと近づいてきた。「ようこそ」「お邪魔します」「これ、頂いちゃったの」美羽さんが大樹さんに言う。「ありがとう。気を使わないでいいのに」美羽さんと同じことを言われた。さすが夫婦だなって思う。赤坂さんも近づいてきた。「遅いから心配しただろーが」「赤坂さん。ごめんなさい」「一言言えばいいのに」一人で不安だったから、赤坂さんに会えて安心する。「さぁランチにしましょう」テーブルにはご馳走が並んでいた。促されて座る。私と赤坂さんは隣に座った。「いただきます」「口に合うといいけど」まずはパスタを食べてみた。トマトソースがとっても美味しい。「美味しいです。美羽さん料理上手なんですね」「とんでもない。大くんと出会った頃はカレーライスすら作れなかったんだよ」「そう。困った子だったんだ」見つめ合って微笑む二人がとても羨ましい。いいなぁ。私も赤坂さんとこうやって過ごせたら幸せだろうなぁ。

  • 秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない   ―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』79

    「妹が置いていった服ならあるけど。サイズ合うかな」「勝手に借りていいのかな?」「心配なら聞いてやるか」スマホで電話をはじめる。「あ、舞? 久実に服貸していい?」『えー! 家にいるの? 泊まったってことは、えーなに? 付き合ってるとか~?』ボリュームが大きくて話している内容が聞こえてしまう。「付き合ってくれないけど、まぁ……お友達以上だよ。じゃあな」お友達以上だなんて、わざとらしい口調で言った赤坂さんは、得意げな顔をしている。「……じゃあ、お借りするね」黒のニットワンピース。着てみるとスカートが短めだった。ひざ上丈はあまり着たことがないから恥ずかしい……。着替えている様子をソファーに座って見ている。「見ないで」「部屋、狭いから仕方がないだろう」「芸能人でお金もあるんだから引っ越ししたらいいじゃない」「結婚する時……だな」その言葉にドキッとしたが、平然を装った。私と……ということじゃない。一般的なことを言っているのだ。メイクを済ませると赤坂さんは立ち上がって近づいてくる。見下ろされると顔が熱くなった。「可愛い。またやりたくなる……」両頬を押さえつけたと思ったら、キスをされる。吸いつかれるような激しさ。顔が離れる。赤坂さんの唇に色がうつってしまった。「久実……愛してる」……ついつい私もって言いそうになった。「せっかく 口紅塗ったのに汚れちゃったじゃないですか」 私はティッシュで彼の唇を拭った。 すると 私の手首をつかんで動きを止めてまた さらに深くキスをしてきた。「……ちょっ……んっ」「久実、好きって言えよ」「……時間だから行かなきゃ」

  • 秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない   ―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』78

    久実sideふんわりとした意識の中、目を覚ますとまだ朝方だった。今日は休みだからゆっくり眠っていたい。布団が気持ちよくてまどろんでいると、肌寒い気がした。裸のままで眠っている!そうだった……。また、赤坂さんに抱かれてしまったのだ。逃げればいいのに……逃げられなかった。私の中で赤坂さんを消そうと何度も思ったけど、そんなこと無理なのかもしれない。すやすや眠っている赤坂さんを見届けて、ベッドから抜けようとするとギュッとつかまれた。「どこ行くつもりだ」「帰る」「………もう少しだけ。いいだろ」あまりにも切ない声で言うから、抵抗できずに黙ってしまう。強引なことを言ったり、無理矢理色々したりするのに、どうして私は赤坂さんのことがこんなにも好きなのだろう……。もう少しだけ、赤坂さんの腕の中に黙って過ごすことにした。太陽がすっかり昇り切った頃、ふたたび目が覚めた。隣に赤坂さんはいない。どこに行ってしまったのだろう。自分のスマホを見るとお母さんから着信が入っていた。「……ああ、心配させちゃった……」メールを打つ。『友達と呑みに行くことになって、そのまま泊まっちゃった』メッセージを送っておいた。家に帰ったら何を言われるだろう……。恐ろしい。「おう、起きてたのか」赤坂さんはシャワーを浴びていたらしい。上半身裸でタオルを首にかけたスタイルでこちらに向かってきた。あれ……昨日は一人じゃ入れないって言ってたのに。なんだ、一人で入れるじゃない。強引というか、甘え上手というのか。私はついつい赤坂さんに流されてしまう。そんな赤坂さんのことが好きなのだけど、このままじゃいけないと反省した。「今日、休みだろ?」「……うん」「じゃあ、大樹の家行こう」「は?」唐突すぎる提案に驚いてしまう。「暇だったらおいでって連絡来たんだ。美羽ちゃんも久実に会いたがってるようだぞ」美羽さんの名前を出されたら断りづらくなる。優しい顔でおいでと言ってくれたからだ。「でも……服とかそのままだし……」「そこら辺で買ってくればいいだろ」「そんな無駄遣いだよ」まだベッドの上にいる私の隣に腰をかけた。そして自然と肩に手を回してくる。「ちょっと……近づかないで」「なんで?」答えに困ってうつむくと赤坂さんは立ち上がってタンスを開けた。

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